書評:アダルトビデオを読む
バクシーシ山下著『セックス障害者たち』太田出版
「バクシーシのビデオはやばいと思うよ、友達から聞いた話だけど。」ある男の友人がそう言ったので驚いた。「バクシーシ山下=暴力的」というコンセンサスが、そうとう広まっているのだ。私は、むしろそうは言いきれなくなっていたのだが。
AV監督バクシーシ山下は、比較的メディアへの露出度が高い。性暴力を問題化する団体から批判されたし、性の巨匠と呼ばれる代々木忠と比較されてもいる。『セックス障害者たち』は、本人曰く「抜けないAV」44作品の撮影風景と登場人物たちを記したものである。
「女犯」、「密閉監禁7日間」、「ボディコン労働者階級」など、タイトルだけでも刺激的なものばかりだが、内容は別の意味で過激だ。男優ポンプ宇野が自由自在にゲロをあやつり、女が男に尿を飲ませ、男が女の上で排便し、その合間に性交シーンが埋め込まれる。読み終わったときには胸が悪くなっていたが、同時にある強烈な感覚を味わった。「セックスとは、肉と肉の擦れ合いなのか。」性交を自己解放と意義づける態度とは正反対である。
性交シーンが「AVを成立させるため」の単なるお約束と化すと、それ以外のモチーフが気になりはじめる。山下は、ある時は、「女の子」を山谷の日雇い労働者とからませ、またある時は、自己開発セミナーに参加させる。「女の子」は自分と異世界をつなぐ媒体なのである。また、登場人物に目を転じれば、喋れば喋るほど人を不快にさせる男、精神安定剤をぼりぼり食ってさらに不安定になる女、癖があって扱いきれないような連中が、突き放したような視線で描かれる。わたしたちが普段、見て見ぬふりしていた人々や風景が、えぐりとられ目前に叩きつけられるのである。毒は強いが、AV業界の種明かしの面白さと相まって、一度はまるとやめられない。山下の意外に「いい兄ちゃん」な側面にも親近感を覚える。
しかしながら、表現とは、およそ、騙しの手段である。これを読めばビデオを見た気になるが、実は、撮影のからくりの暴露によって、その虚構性が印象づけられているのだ。実物のビデオを見ると、全く別のインパクトがあるはずである。だが、ビデオにアクセスするよりは、一般書店に並ぶこの本を読む方がはるかに容易である。その意味では『セックス障害者たち』は、ビデオを「実際に見て」不快感を覚え、意義を唱える人々に対抗する一種のイメージ戦略として、はからずも成功しているといえる。
長山智香子(『ほん』東京大学生協書籍部 1996.7.22 初出)
1996 アダルトビデオを読む
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